担当という概念の変化

 

ジャニヲタを始めて数年経ちますが、ここにきて私の中で「担当」という概念が変わりました。という話をぐだくだします。

 

私の担当は松村北斗くんで、今の私はV6という沼に新規開拓をし、元担大野智さんが所属する嵐に現を抜かしたりするトンデモ野郎です。元々DD気質はあったんですけど、今はこれでも松村北斗くんが最後の担当!ウルトラハッピー!って言えてしまうお馬鹿さんです。

 

私は昔から担当っていう言葉にすごく重きを置いていました。いや、重きを置いているのは今もそうです。だからこんな言葉について改めて考えちゃうんです。担当になるっていうことは自分の中ではそれなりの儀式で、多分そう捉えてるジャニヲタは多いと思います。担当っていう言葉の謎の重圧感、私は好きです。背負ってんぞ〜っていう感じが堪らなく好きです。趣味だけど少し趣味の範囲を超えた気持ちと活動が楽しいです。

 

 

私は「大野担」としてジャニヲタを始めました。担当っていう言葉を知ったのは友人のジャニヲタ達の影響です。別に定義はどうだと言われていません。「大ちゃんが好きなんやったら大野担やな!」みたいな事を言われたんでしょうかね。大野担っていう言葉は自分の中にスッと入ってきました。

私が、担当とはなんぞと考えたのはNEWSの手越くんにハマった時でした。手越くんの顔がカッコイイ!天才!だと思った私は手越くんについてそれなりに調べてコンサートのDVDも見てちょうどタイミング良くテゴマスのコンサートにも行きました。じゃあそうなると手越くんって自分の中で何になるんだろう。私は大野担なんだけどな。そう思った時に出てきた言葉が「掛け持ち」です。この言葉はどこで知ったんでしょうね覚えてません。モバゲーとかかな?手越くんを担当にしたい、でも大野くんへの冒涜なような気がしてできない。大野くんも大好きだもん。悩みまくって結局「手越は担当じゃなくて王子様だから」とかわけわからん事を抜かし手越くんをどのポジションに据えるか問題は一旦流れました。

で、その次に現れたのが関ジャニ∞の大倉くんです。手越くんと同じように興味を持ち、調べたまでは良かったのですが。私の親友が当時錦戸担だったので「もし私がここで大倉担になったら、torn双子とか言ってなんか活動しやすくない!?」みたいな発想がパッと浮かんだんですよね。大野くんのことはもちろん大好きなんですよ。でも大野くんが大好きだけど、それより大倉くんへの興味とそういうヲタ活らしいヲタ活をすることの楽しさが勝って、その時人生初の「担降り」をしました。多分決意表明ブログを書いたと思う。

掛け持ちは自分の中でできないなってずっと思ってたんです。親友が超重めのリアコ一途錦戸担だったので、なんかそれが少し羨ましくもあったんですよね。だから頑なに掛け持ちと言わなかった。降りなきゃって思った。

まあしばらくしてヲタ卒して、大野担として出戻りますが、そのあとまたすぐに北斗くんに降りてしまいました。でもこの人のことがどうしようもなく好きだって思ったどころか、多分この時の私は北斗くんより大野くんが好きだったかもしれない。でもなんかここで担当になっといたほうがいいってなんとなく感じて、決意の文章を書いて担降りしました。この時の担降りは多分環境からの逃げかな。

 北斗担になってからは、基本的にあまりブレずに生きてました。最初は別に大好き!って感じじゃなかったんですけど(勿論Twitterではかわいこぶって、ほくとくんがほんとうにだ〜〜いすき。とか言ってた)今じゃもうお前なしの人生なんて考えられねぇよ…ってくらいには重めに好き。

 

 

で、前置きめちゃくちゃ長くなったけどこのタイミングで担当って概念が変わったのにはまた1つ出来事がありました。

 

私がV6っていう新規開拓をしたこと。半年ほど前です。最初は三宅健くんマジでドンピシャ好きかもしれないってとこから始まってすぐにあ〜〜全員好き。まるっとかわいい!ってなったんですよ。でも、この時に「誰が1番好きかって言われたら健くん!って答える。でも健くん以外のメンバーも大好きで、この中に担当にしたい人が特にいない」って思ったんです。担当にしたい人が特にいないと自分の中で思った時に、あれっ自分が思う担当って一体なんなんだろうってもう一度考えてみました。

 

大野担を名乗ってから最近まで「担当=自分が1番すきなジャニーズ」っていうスタンスで生きてきて、自分も他の人もそうだと思ってました。だから1番すきってなんだろう、って考えたりじゃあこの人って自分の何なんだろうってぐるぐる考えた。寝ても覚めてもすきな人が昔は何人もいてだれがって選べなかった。でもここにきて「担当=自分が1番応援したい人」なのかもしれないって思ったんです。

私は大野さんが今でもすごくすきです。きっかけを与えてくれた存在っていうのもあるんですけど、本人が放つオーラも、嵐の中でのポジションも、まったりした感じも、笑顔も、顔も、猫背なとこも、鼻触る癖があるのも、舌の薄さも歯も、口半開きで笑うのも、歌声も、ダンスも、手も腕も綺麗な鼻筋も、影で努力するとこも、なんか何もかも全部大好きなんです。今も。

北斗くんと大野くんどっちがすきなの?って言われたら、天秤にかけられないんです。かけられるところにいないんですよ。2人への好きは言葉に表現しづらい違いがあるんですよ。1番好きなジャニーズって言われたら確かに今の担当である松村北斗くんを迷わずあげる。大野くんは間違いなく好きだけど担当にしたいかと言われたらそうではない。だから担降りしてるしこれから先何度愛が生まれたとしても担当にはしないと思う。

私の担当は松村北斗くんだ!!って胸を張って言えます。胸を張って言えるほど貢献できてるかはわかりませんが、何かをしてあげたいと思うのは絶対に北斗くんなんです。笑顔を見て微笑ましい気持ちになるのは北斗くんも大野くんも一緒。でも北斗くんは「その笑顔を作れるファンになりたい」って思うんです。きっと彼がデビューっていう夢を背負ったジュニアであり、1人の同い年の男の子だからだと思うんです。その気持ちは明らかに応援なんです。北斗くんがいなきゃ生きていけないよって思うのは、北斗くんっていう応援する存在がいなきゃ生きていけないよって思うからです。北斗くんを好きでいることが自分の生きがいだというより、北斗くんを応援することが自分の生きがいなんだと思います。遠くへ行ってくれて構わないし、ファンがバカみたいに増えたっていいって真顔で言えるのは多分それなんです。

 

V6も嵐も自分の中で大好きなグループです。新しく好きになったグループと自分の原点になったグループ。でも応援してるね!!!というよりは勝手に好きになってるよって感じで、そこにはあまり義務がなくて、何かを背負ってるつもりもない。このグループを前にすると自分はただ与えられるだけの存在だなって思う。写真買わなきゃ売上貢献しなきゃ、もないし、テレビ誌出たら買い揃えなきゃもない。

 

ただ、北斗くんがでっかくなって遠くへ行ってしまっていい!って言ったけど、よく聞くのが「いつの間にか応援が義務になってしまって追うのに疲れた」っていうこと。露出が増えれば追うものが増えて義務化する。あーそれにはなりたくないなって思うけど、とりあえず今は遠くへ行ってくれていい。目標がなきゃ何応援してるかわかんないからね!義務化しそうになった時に考えましょう。

 

とりあえず自分の中で担当っていう概念が変わって、すごく生きやすくなりました。私の概念はこれだけど、きっと他にも色んな概念で使ってる人がいるだろうから、担当って言葉ってすごく難しい。誰かきっぱりと定義してくれて細かい例もあげてこれは担当これは担当じゃないってしてくれたら使用の有無も考えるけど。今の所私はこの言葉が気に入ってるから使い続けます。

 

 

いやー大切な人がたくさんいるのは楽しいな!!んでもって私の担当はやっぱり松村北斗くんでしかないな!!!すきだ!!!